世界には約200の国があってそれぞれに国語があります。私はカンボジア人ですから、毎日の生活の中でクメール語を話します。そして私は日本語と英語も勉強しています。 皆さん、言葉について考えたことがありますか?話し方によって丁寧じゃなくなったり失礼になったりすると言う話をよく耳にします。話すことで人と人は喧嘩にもなりますが、よく話し合えば解決することもできると思います。 問題を解決するためにどんな言葉を使いますか。私はこれから一つの言葉についてお話したいと思います。 「ごめんなさい」という言葉です。クメール語では「ソムトー」、英語では「アイムソーリー」と言います。言葉は違いますが、意味は同じです。皆さんはこの言葉を使ったことがありますか?どんなときに使いますか。これは誰でも知っている言葉です。「ごめんなさい」は誰かに失礼なことをしてしまったときに使います。もし誰かが自分に失礼なことをしたら、どんな気持ちになるでしょうか?怒って嫌いになるかもしれません。でもその人がすぐに謝って「ごめんなさい」という言葉を言ったら、あなたは許そうと言う気持ちになると思います。皆さんは誰かが自分に失礼なことをしてしまったときにその人を許してあげたことがありますか? 私の家族は貧乏でした。父と母は朝から晩まで休まないで働いていたので、言葉の使い方についてあまり教えてくれませんでした。私はよく、悪い言葉を勝手に使っていました。悪いことをしたとき謝らないこともたくさんありました。小さいころはあまり人の気持ちがわからなかったのでよく周りの人に迷惑をかけていました。でも村の人たちは誰も私にアドバイスしてくれませんでした。今、私は家族とはなれて街の孤児院に住んでいます。孤児院には私にアドバイスしてくれたり教えてくれる指導員がいます。「もし誰かに迷惑をかけたり失礼なことをしてしまったら、きちんと考えてから『ごめんなさい』と言う言葉で謝りなさい。」指導員はいつも子供達に言っています。 ある日のことです。私が教室の前で遊んでいたとき、水溜りを踏んでしまって隣の学生の服を汚してしまいました。その後で彼の顔を見ると怒った顔をしていました。私はどうしようかなと考えましたが、もし今謝らなかったら彼はきっと怒るだろうと思いました。彼に近くに行って言いました。「ごめんなさい。あなたの服を汚すつもりはなかったんです。どうか許してください。」すると彼はやさしくいいました。「うん、大丈夫ですよ。」そしてその後で「水溜りの近くで遊ばないほうがいいですよ。危ないですから。」とアドバイスしてくれました。私はその言葉を聞いてとてもうれしかったです。何日かして私は彼に会ってよく話すようになりました。一緒に遊んだりして、私と彼は友達になりました。もし指導員が私に謝る言葉について教えてくれなかったら、私は何もしなかったでしょう。そして私と彼は友達になれなかったと思います。 皆さんは言葉の使い方についてどう思われますか?私は自分で謝った経験の後で、言葉の大切さについて前よりもっと考えるようになりました。 人間の生活の中で話すことはとても大切なことです。言葉にはいい言葉もあるし、悪い言葉もあります。ですから、気をつけて話さなければなりません。私は今、相手のことをよく考えて話すように気をつけています。自分で話す言葉には自分に責任があります。きちんと話せば問題は起こらないはずです。私は「ごめんなさい」という言葉を言えるようになりました。私はこの言葉これからも大切に使っていきたいと思っています。
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