ごちそうに感謝する ジェム・ソパナー
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人には必要なものがたくさんあります。特に生きるためには衣・食・住が必要です。でもその中でも食べることが一番大切だと思います。もしこれがなかったら人は生きることができないでしょう。僕達は毎日お米を食べています。僕達がご飯を食べる前に、農家の人達ががんばってそのお米を作っています。その人たちに何か恩返しできることはないでしょうか。
人は食べ物や飲み物がいつもたくさんあるとあまりその大切さに気づかないようです。しかし田んぼを耕してもあまり作物をとることができないこともあります。干ばつや洪水などの自然災害で被害を受けたり、いなごやねずみなどの害虫の被害を受けたりすることもあります。そのように苦労して作られたものですから、ご飯を食べるときは残さないできれいに食べましょう。そしてご飯を食べる前に「いただきます」、食べ終わったら「ごちそうさま」と言いましょう。「いただきます」という言葉は出された料理を食べ始める時の、「ごちそうさまでした」は食事をごちそうになったときの感謝の言葉です。
しかしカンボジアにはこの言葉を言う人はめったにいません。けれどもお寺ではお坊さんたちは「いただきます」「ごちそうさまでした」という意味のお経を唱えてから食事を召し上がります。ではどうしてお坊さん以外の人は誰もこの言葉を言わないのでしょうか。たぶんみんなはこの言葉を知らないのだと思います。僕もうちにいたときは一度も言いませんでした。でも孤児院に来てからは食事の時に言うようになりました。日本人と一緒に住んでいるので、日本語で「いただきます」と「ごちそうさまでした」と言います。でも僕はこの言葉の意味をわからずに言っていました。孤児院へ訪問してくる日本人にお茶を出したときにお客さんが「いただきます」と言うのを僕はよく耳にしましたが、どう言う意味なのかわかりませんでした。それで日本語の授業のときにこの言葉の意味を先生に聞いて大体わかりました。そして「ごちそうさまでした」と言う言葉の意味も教えてもらいました。それで僕はようやくこの言葉の意味がわかりました。
農家の人たちに毎日ごはんを食べられることを感謝する気持ちを伝えなければなりません。そして感謝して食べるだけではなくて、お世話になった人達にお礼を言うのがこの2つの言葉の意味です。そして僕は「いただきます」と「ごちそうさまでした」の意味を知って食べ物や飲み物の大切さもわかりました。それでこの言葉は僕の習慣になりました。ある時友達がレストランで、日本人が「いただきます」と「ごちそうさまでした」と言うのを聞いて、僕にクメール語の意味を聞きました。しかしクメール語ではとても長くて少ししか説明できませんでした。でも友達はこの言葉の意味をわかってくれました。そして友達もこの2つの言葉を言うことが習慣になりました。また他のカンボジアの人達にもこの言葉を伝えて、その意味と食べ物を大切さを教えたいです。カンボジア人も外国人と同じように「いただきます」と「ごちそうさまでした」と言うことを習慣にして欲しいです。そして何かを食べる時、必ず感謝の気持ちを言いましょう。
皆さん、今日から食べる前と食べ終わった後には、農家の人たちに感謝の気持ちをこめてこの2つの言葉を言いましょう。「いただきます」「ごちそうさまでした」。
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